ホームニュース行動経済学は死んでいるのか?

行動経済学は死んでいるのか?

行動経済学の発展

行動経済学は1990年代から発展し、現在では経済学の主流となっております。伝統的経済学が人間の合理性に基づいたものであったのに対し、行動経済学は心理学の理論を応用し不合理な人間の行動を研究します。

2002年にダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーはノーベル経済学賞を受賞しています。2017年にはリチャード・セイラーもノーベル経済学賞を受賞しました。

ダニエル・カーネマン
エイモス・トベルスキー
エイモス・トベルスキー

日本でも行動経済学の書籍がたくさん出版されています。ビジネス記事でもよく目にする分野となっています。

では行動経済学に誤りはないのでしょうか? あくまで研究に基づく理論である以上、行動経済学に対する批判は当然ながらあります。

2020年、行動科学を研究するJason Hrehaは”The death of behavioral economics(行動経済学の死)”のタイトルで記事を投稿しています。

悪いニュースがあります。行動経済学は死んでいます……その理由は2つあります。

1. 行動経済学の中核的な知見は数年前から再現できなくなっており、行動経済学の中核的な知見である損失回避性はますます揺らいでいます。

2. 行動経済学的介入は、実際には驚くほど弱いものです。

これら2つの理由から、10~15年後に行動経済学が尊敬され、広く使われる分野になっているとは思えません。

損失回避性

損失回避性とはダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーが提唱したプロスペクト理論の軸となっているものです。

Jason Hrehaは2つの理由について説明します。ここ数年行動経済学にとって悪い結果が続いていると言います。「身元のわかる犠牲者効果」「プライミング」といった頻繁に引用される研究結果の多くが再現されていないそうです。そして、最大の再現失敗は、この分野の最も重要なアイデアである損失回避性に関するものだと言います。Jason Hreha自身はマーケティングキャンペーンに携わり、損失回避性の現実世界での影響を見てきました。

損失と利益はコンバージョンを促すのに同じくらい効果的です。実際には、多くの状況において、損失の方が結果を出すのに悪い影響を与えます。

なぜか?

損失に焦点を当てたメッセージは、しばしばギミック的でスパム的な印象を与えるからです。広告主が必死になっているように見えてしまうのです。信頼できないと思われてしまいます。信頼は売上、コンバージョン、リテンションの基礎です。

「損失回避は完全にインチキなのか?」

そうではありません。

損失回避は存在しますが、大きな損失に対してのみ存在することがわかりました。これは理にかなっています。私たちは、自分の身を滅ぼすような決断には特に注意を払うべきです。これは、いわゆる「認知バイアス」ではありません。非合理的でもありません。むしろ、完全に理にかなっていると言えるでしょう。自分や家族を滅ぼす可能性のある決断ならば、慎重になるのが正解です。

Jason Hrehaは”Acceptable Losses: The Debatable Origins of Loss Aversion”の論文から、ダニエル・カーネマンとエイモス・トヴェルスキーがプロスペクト理論の研究時からこのことを知っていたのではないかと指摘します。

行動経済学的介入――ナッジ(ちょっとした後押し)

2. の「行動経済学的介入は驚くほど弱い」について、Jason Hrehaはナッジが通常、認識できるような影響をまったく与えないと言います。ナッジによる効果を研究した126のランダム化比較試験によれば、ナッジの効果は平均して約1.4%に過ぎないという結果だったのです。Jason Hrehaは、行動経済学的な「科学」を必要とせず、あなたの創造性を使って、最低でも3~4%の利益を得るためのアイデアを考え出すことができると言います。

ナッジはリチャード・セイラーが広めた概念です。ナッジは簡単に消費者の行動を変えられると賞賛されがちですが、Jason Hrehaは「ルールや一般論は過大評価されている」と言います。行動経済学のような分野がこれほど魅惑的なのは、複雑な問題に対する簡単で型にはまった解決策を人々に約束するからだと。ある研究結果に基づいた一般的な解決策よりも、その場の状況に合わせた創造的な解決策の方が、常に良い結果を出していると言います。

これは肝に銘じたいメッセージでしょう。経営者を含め人間は楽に成果をあげられる方法に飛びつきたくなります。努力なしに売上を一気に増加させるナッジがあると言われたら……信じたくなりますよね。何せノーベル賞を受賞した信頼できる理論なのですから。ただし、ノーベル賞を受賞して、後から誤りとわかった理論は医学系を含め何度もありました。

終わりに

行動経済学はあくまで理論であり、現実の観察に基づき修正されていくものであることを心に留めておきたい所です。人間の行動が複雑系に属する以上、簡単な答えはすぐには出せないでしょうが、これらの批判が受け止められて、さらに理論が進化してくのではないでしょうか。行動経済学が消費者に普及し、広告主が行動経済学に基づくメッセージを出したらどう受け取られるのか(タネが割れているマジックを見せられたらどう受け取られるのか)。景気が悪い・良い状態での人々の選択は変わるのか、などなど、たくさんの課題がありそうで、楽しみな分野だと思います。

KAMUYAI編集部
KAMUYAI編集部http://kamuyai.com
本質を突いた、長く読まれる記事を目指します。

あわせて読みたい