「タコは身を食う」ということわざがあります。空腹になると自分の足を食うと考えられていたようです。実際、タコは幼い頃から孤児になる運命にあります。メスのタコは卵を産んだ後、食べるのをやめ、自分の皮膚をはぎ取り、触手の先端を噛み切って自傷行為を始めます。
若いタコが卵から這い出てくる頃には、母親はすでに死んでおり、数ヵ月後、父親も死んでしまいます。
タコの短い、そして過酷な生涯は、長い間科学者たちを魅了してきました。1944年、研究者たちは、交尾がタコの分子的な 「自爆」ボタンを押すことになるという仮説を立てました。
それから80年近くを経て、その漠然とした仮説がようやく形になりつつあります。 研究者たちは最近、交尾がタコの雌のコレステロールに基づくいくつかの重要な生化学的経路を様々なホルモンに変化させるらしいということを突き止めたのです。
1977年、研究者たちは、視神経腺がタコのプログラム死に何らかの役割を果たしていることを突き止めました。
この器官は、人間の下垂体に似ており、タコの目の間にあり、頭足類の性的発達と老化に関連しています。メスのタコからこれを取り除くと、その生き物は卵を産んだ後、数カ月生きるようになるそうです。
2018年、科学者たちはこの知識をもとに、衰えの段階が異なる2匹のメスタコの視神経腺のRNAを配列決定しました。
タコが死に近づくと、性ホルモン、インスリン様ホルモン、コレステロール代謝を制御するいくつかの遺伝子の活性が高くなることがわかりました。
それから数年後、同じ研究者たちが、交尾した雌と交尾していない雌の両方で、この器官から分泌される分子を直接分析しました。
交尾の後、視神経腺は性ホルモン、インスリン様ホルモン、コレステロールの前駆体をより多く分泌するようです。
これら3つの分子はすべて、最終的には死の引き金となるシグナル伝達系に貢献する可能性があります。あるいは、人間の場合と同じように、タコの体内にこれらの分子が蓄積されるだけで死に至るのかもしれません。
結局、タコの自傷の分子的メカニズムは判明しかけているかもしれませんが、自傷する根本的な理由ーータコ全体の利益になるのかなどーーがわかるのはまだ先のようです。
タコは3つの心臓と8本の手足、そして高い知能を持っており、神経細胞の3分の2以上は腕や胴にあるそうです。腕には8つの小さな脳があると考える研究者もおり、地球外生命体とさえ言われるほどの謎に満ちた生物です。今後の研究が待たれます。
参考文献