ホームビジネス混沌の世界を支配する究極の法則「べき乗則」

混沌の世界を支配する究極の法則「べき乗則」

はじめに

「クレジットカード所有者の20%が全体の80%の支払いを占めている」――この分析を見たクレジットカード会社の社員はこう考えました。「これは困った。クレジットカードの会員には平均的に使ってほしいのに。半分の人は平均値より低く、残りの半分の人は平均値より高いということにならないと正常ではない、おかしい。対策しなければ」

この社員の考えは正しいでしょうか?

多くの人は平均を重視する傾向があり、ほとんどの物事はベル曲線(正規分布、ガウス分布)に従って分布しているはずだと考えがちです。多くの人は公正さにやりがいや高揚感を感じ、不平等を嫌うのです。

ベル曲線 クレジット:https://commons.wikimedia.org/wiki/File:Gauss_distribution.png

パレートの法則

20世紀初頭、経済学者ヴィルフレド・パレートはイタリアの20%の人々が80%の土地を所有していることを観察しました。この分布はパレート分布と呼ばれ、ハインリッヒの法則(ヒヤリハット)、20:80の法則など、似たような法則や呼ばれ方があります。「べき乗則」とも呼ばれ、低い数値が高い数値より多いのが特徴です。注意点として必ずしも上位が20%とは限らず、10%、5%など様々です。

「べき乗則」はほとんどすべての場所で、見ることができます。私たちが話すときに使う言葉の頻度、地震や台風・ハリケーンの規模、20%の営業マンが会社の80%の利益をもたらす、会社や都市の規模、本の売り上げ、オリンピックでメダルを獲得する国のパターンはすべて、べき乗則に従っています。ソーシャルメディアも例外ではありません。Twitterの最もアクティブなユーザーのうちわずか25%が、ツイートの97%を占めていることが明らかにされたそうです。ある保険会社の調査では、30%の運転手が重大事故の60%を占めています。また、Covid-19は「べき乗則」で感染が広がっていきます。インドの2つの州では、新たな感染の60%は、この病気を持っている人のうち10%以下、つまり少数の「スーパースプレッダー」が原因であることが判明し、残りの71%は誰にも感染させていないことがわかったそうです。最も重篤な20%の患者が医療費全体の60%近くを占めます。

1956年、ベノー・グーテンベルグとチャールズ・リヒターが「グーテンベルグ・リヒター則」を見出し、研究論文を発表しました。それによると、地域によりますが、マグニチュードが 1 大きくなるごとに地震の回数は約10分の1になります。

エネルギー(横軸下)とマグニチュード M(横軸上)と地震が発生する頻度 n(毎年、縦軸)

学校のテストの点数や生徒たちの体重はどうなのでしょうか? 確かにテストの点数や体重はベル曲線になります。これは各生徒の点数が(ほぼ)影響しあわない、独立した変数だからです。しかし、各生徒がテストの点数を奪い合う形式だったら、どうでしょう? 相互作用が発生すれば、べき乗則のグラフが現れるでしょう。1日3食を奪い合う形式で体重の増減が変わってくる場合もベル曲線ではなくなりそうです。

1位と2位の差:2位はだめなのか

日本で一番高い山は富士山(3776m)ですが、二番目に高い山は何でしょう? 答えは北岳(3193m)です。「2番目は印象に残らない」「2位じゃだめな理由」「2位は負けの1番」など、1位を目指そうという話にもっていきたい場合にこういう質問が来るかもしれません(そういう話にもっていかせないように北岳を覚えておくとよいかもしれません)。

北岳

とはいえ、2位以降は印象に残りにくいというのは確かでしょう。オリンピックで一番悔しいのは銀メダルだとされます。競争において、”Winner takes all”勝者総取りというのはよく見られるものです。

2位でも知名度が高い特殊な例としてはサッカーの1974年ワールドカップのオランダチームでしょう。クライフ率いるオランダは「トータルフットボール」の戦術で席巻します。決勝で負けたのに、知名度があるのはよほどのインパクトだったと思われます。

べき乗則の偏りで推定にも使えます。1年で25万部売れる本が96冊で、べき数は1.5だとわかっているなら、50万部売れる本は96*(50万/25万)の-1.5乗=33.941で約34冊あることになります。とはいっても、べき数は常に変動するので、推定しかできません。また、べき数が0.1違うだけでも計算は大きく違ってきます。

現象べき数
英単語の使用頻度1.2
ウェブサイトのヒット件数1.4
本のアメリカ国内での売上1.5
かかってくる電話の件数1.22
地震のマグニチュード2.8
月にあるクレータ―の直径2.14
太陽のフレアの強度0.8
戦争の激しさ0.8
アメリカ人の純資産1.1
苗字ごとの人の数1
アメリカの都市の人口1.3
市場の変動<3
企業規模1.5
テロ攻撃の死者数<2
『ブラック・スワン』より
べき数 上位1%のシェア 上位20%のシェア
1 99.90% 99.99%
1.1 66% 86%
1.2 47% 76%
1.3 34% 69%
1.4 27% 63%
1.5 22% 58%
2 10% 45%
2.5 6% 38%
3 4.60% 34%

『ブラック・スワン』より

20%を優先させるか、80%を優先させるか

環境犯罪学の理論で「割れ窓理論」があります。落書きや窓ガラスの破壊など軽微な犯罪を取り締まることで、凶悪犯罪を含めた犯罪を抑止できるというものです。これは犯罪全体の大半を占める軽微な犯罪を優先的に取り締まるという方法になるかと思います。

しかし、後の研究で「割れ窓理論」の証拠を発見した過去の研究の設計方法には、分析対象となった地域の世帯の所得水準などの重要な変数を考慮されていないなど、批判もあります。落書きや廃屋は重要な問題ではあるがその影響力が誇張されすぎているというものです。

人間の身体においても、凍えるような寒さのときに指先から凍っていき、末梢の血行を犠牲にして、重要な内蔵を低体温から守ろうとします。これは身体にも優先順位が決められていることになります。

よく働くアリと、普通に働くアリと、ずっと働かないアリの割合は、2:6:2になるそうです。仮に働くアリを取り除いても、働かないアリを取り除いても2:6:2になるというもので、興味深いです。「神は細部に宿る」という言葉も80%を無視してはいけないという意味にとれそうです。虫の目・鳥の目・魚の目という言葉もあり、いろんな視点を持てといものです。

マタイ効果、マタイの法則

べき乗則はマタイ効果とも呼ばれ、新約聖書の一節が元になっています。

「おおよそ、持っている人は与えられて、いよいよ豊かになるが、持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう。」(マタイ福音書13章12節)

「持っていない人は、持っているものまでも取り上げられるであろう」が強調されがちですが、イエス・キリストのこの発言は、弟子から「なぜたとえ話で群衆に話すのか」と問われて答えたものです。

仮に全人口の20%をたとえ話がいらない弟子たちのような人々だとします。そのままなら、べき乗則により、20%と残りの80%で分断されてしまいます。イエス・キリストは持っていない80%の人々も含め、全員を救済しようとしたと解釈できるように思えます。

偶然のインフルエンサー

ダンカン・ワッツは「インフルエンサー」について考察しています。

スーパースプレッダーが感染の多くを引き起こしたり、セレブがブランドを宣伝してバズらせたり、偉人が歴史を動かしたりと、べき乗則は、少数がものすごい影響力を与えるように思えます。特別な人がすごいことを成し遂げるというのは古今東西の物語、ニュースで満ち溢れたものです。これは我々の脳が原因と結果に惹きつけられるストーリー思考だからかもしれません。

ダンカン・ワッツのスモールワールド実験では、普通の人でも特別な人と同じく、社会集団や業種、国家、居住地などの間にある大きな溝に橋を架けられることがわかりました。

インフルエンサーは確かに存在しても、乗数効果はたいてい3倍未満であり、多くの場合、それほど効果はなかったそうです。影響は個人の特性よりも、ネットワーク全体の構造にずっと大きく左右されるとのこと。森林火災が手に負えないほど激しく燃え広がるには、風、温度、湿度などの諸条件が必要です。爆発的に影響が広まるのも、必要数の影響されやすい人々が重要となります。必要数が満たされれば、並の個人でも大きな連鎖を引き起こせるといいます。これは砂粒が1粒で大きな砂山が崩れるのと似たような話でしょう。

大規模な森林火災が起きた時、それを起こした火を特別視しないが、社会で特別な出来事が起きたら、その原因の人物を特別視するものだとダンカン・ワッツは言います。

ダンカン・ワッツはツイッターで160万人以上のユーザーから始まった7400万本以上の拡散の鎖をたどった研究を行っています。連鎖は広く浅いものから、深いものまで様々であり、基本的に連鎖の試みの大多数(約98%)はまったく広がりませんでした。

ツイッターでの拡散の広がり方の例 クレジット:http://www.ladamic.com/papers/SecondLife/SocialInfluenceEC.pdf

この研究からわかったことは、フォロワー数が多くて過去にリツイートの連鎖を引き起こしたことがある人は未来でも、成功しやすかったものの、個々のツイートではランダムな変動が激しかったそうです。そのため、資産管理と同じく、インフルエンサーへの投資は「ポートフォリオ」形式を提案しています。マーケティングの実験でトップレベルのインフルエンサーよりも影響力が平均的な一般のインフルエンサーへの投資のほうが費用対効果的に高かったそうです。また、連鎖も好意的に広がるとは限らないことにも注意が必要です。

スーパースプレッダーによる感染も例えば、香港の高層住宅でスーパースプレッダーが思い下痢を患い、配管系の手入れが不十分で300人の住人に感染が広がった例を挙げています。この場合、結果の原因を特別な人に求めると、因果関係の幻想に陥ってしまうことになります。

わらしべ長者がしょっちゅう長者になるわけでもなく、農民が天下人にしょっちゅうなるわけでもないでしょう。蝶がしょっちゅう台風を起こすわけでもないのです。グーテンベルグ・リヒター則が示すように、マグニチュード9の地震の頻度は減ります。めったにないから特別視され、物語となるとも言えそうです。

ブライト・スポット・アプローチ

このアプローチは貧困地域の子供の栄養状態の調査を基に開発されました。栄養状態の良好な子供に注目します。その子供の母親がどのような行動をしていて、何を食べさせていたかを調べ、その方法を他の母親にも学んでもらいました。これにより、65%の子どもの栄養状態を改善させたそうです。

ブライト・スポットとは「成功例」であり、システムが不具合を起こしても、個人や集団が解決策を見出していることが多いことに着目されています。アメリカの病院で特殊な手洗いの習慣が細菌感染を減らせるものとして全医療機関で採用されています。

このブライト・スポット・アプローチも問題が複雑だったり、超人的な能力による成功例だったりする場合は適用が難しそうです。

予測

天体が3個の場合、天体の運動軌道を予測するのが困難であることが知られています。これを三体問題と言います。ではなぜ日食を予測したり、月までロケットを飛ばせるのかと言うと、太陽の質量が断トツに大きく、月を無視して、太陽と地球の2体問題として近似値を出せるからです。しかし、長期的に予測すると、ごくわずかな力が加わることで、予測はずれていきます。

下記動画を見ると、安定したように見える太陽系も複雑系であり、数億年という長期的には惑星の軌道が変わりうることがわかります。

『三国志』が魅力的なのは3つの国が相互作用しあうことで生まれる物語でしょう。ちなみに魏呉蜀の国力比は7:2:1とされます。人も3人以上になれば、複雑になります。

砂粒を積み上げていったときに、山が崩壊する法則はあるのでしょうか? 研究者が調べても、典型的な雪崩はないことがわかりました。1粒だけ落ちることもあれば、何十粒、何百万粒が落ちて砂山が崩れることもありました。

地震の専門家クリストファー・ショルツは「地震は、起こり始めたときには自分がどれほど大きくなっていくか知らない。地震にわからないのなら、我々にもわからないだろう」と言っています。

研究者達は無秩序の中に潜む法則を探し求めてきました。なぜ砂粒が大激変を起こすことがあるのか? 我々は歴史に大激変を起こす砂粒を偉人としがちです。しかし、砂山を構成する数多の砂粒はどうなのでしょう。無数の雪の結晶がそれぞれ違い、砂粒もそれぞれ違います。人間一人ひとりも違います。ダンカン・ワッツは、成功の特別視にはハロー効果やマタイ効果の影響が大きいと言います。

音楽サイトの実験「ミュージックラボ」

社会科学者ダンカン・ワッツらは「ミュージックラボ」という音楽サイトをつくりました。1万4000人もの会員が訪れました。1万4000人のうち、約7000人を「自主判断」グループにランダムに分け、無名のバンドの曲を聴いてもらい、曲を評価し、ダウンロードするかどうかを判断してもらいました。他の7,000人の訪問者は、「社会的影響力」グループに分類されました。ただし、各曲が他の参加者によって何回ダウンロードされたかを見ることができました。「社会的影響力」グループは8つのサブグループ(並行世界)に分けられ、自分のサブグループ内のダウンロード数だけを見ることができるようになっていました。つまり、ある並行世界ではAの曲が1位で、Bの曲は10位、別の並行世界ではAの曲が20位、Bの曲が1位かもしれません。

音楽の質が優先されるなら、「社会的影響力」グループと8つの「社会的影響力」サブグループで人気となる曲は同じとなるはずです。

さて結果はどうだったのでしょう? 結論を言えば、すべては最初の人気に左右されました。ほとんどすべての曲は、最初の訪問者がその曲を好きかどうかによって、非常に良い結果にも、非常に悪い結果にもなり得ることがわかったのです。

ただし、独立したグループで最も良い成績を収めた曲は、非常に悪い成績を収めることはほとんどなく、独立したグループで最も悪い成績を収めた曲は、目を見張るほど良い成績を収めることはほとんどありませんでした。しかし、その点を除けば、ほとんど何でも起こりうるということになります

このミュージックラボには48曲しかないことに注意が必要です。現実の音楽市場では無数にあります。良い曲でも見逃されることが多々あり、微妙な曲でもランキング入りする可能性があります。

このことは文学、商品、名声など、さまざまなことに当てはまりそうです。先行者利益、偶然、偶発性、運が大きな役割を担っているのです。運も含めて良い曲と言うことになるかもしれません。

『パンクなパンダのパンクチュエーション』という書籍は予想外のベストセラーとなりました。この本が成功した理由を発行した出版社は「よく売れたのはたくさんの人々が買ってくれたからです」としています。至言と言っていいかもしれません。

ブラック・スワン

ブラック・スワンは9・11のテロ攻撃など、めったに起こらないものの、起こると重要な意味を持つ事件や出来事を指します。ブラック・スワンはべき乗則の一番端にあるとは限りません。ダンカン・ワッツによれば、ハリケーン・カトリーナは史上最大の嵐ではなく、嵐にともなった出来事がブラック・スワンたらしめるものだったと言います。マグニチュード6の地震でも耐震が脆弱な都市で起きれば、大きな被害をもたらします。結局、ブラック・スワンは過去を振り返らないと特定できないものです。

おわりに:なぜ偏るのか? 偏りすぎはよくない?

べき乗則でなぜべき乗則のように偏るのでしょうか。現在の研究からは、この世界がそういう性質を持っているからとしか言いようがありません。格差の問題が叫ばれています。自然現象のあらゆる所にべき乗則が見られることを考えると、偏ることは避けられないもののように思われます。では偏りをなくすのは無理だとしても、ゆるやかなら、良いことなのでしょうか? 極端に偏ったときのほうがイノベーションは起こりやすいのでしょうか? 歴史を振り返れば、フランス革命のように、富が偏りすぎて下流の反発を招くことはたくさんありました。

また、偏りがないならないで、変化や循環が生まれないように思います。すべて同じ世界では、変化がなく面白くないでしょう。気圧の変化がなければ、風が吹かない。高い所もないので、水が流れない。幸福や不幸もなければ、物語もつくっても面白くないかもしれません。

最近、「持続可能」という言葉を聞くことが多くなりました。1%の人々にほとんどの富が集中する。超富裕層が全世界の個人資産の4割近くを独占する。大都市に人口が集中するーー現代の世界にはべき乗則に関するいろいろな問題があると思います。

少数に集中する傾向は避けられないのですが、問題は下層に上層とのつながりがなく、分断されてしまうことです。その場合、下層は自己組織化からほぼ、あるいは完全に外れてしまいます。高い所から低い所へ水が流れない状態です。この状態で、多様性も生まれるでしょうか。もちろん、多様性が良いのか悪いのかという問題もあり、生物史では絶滅を繰り返しており、多様性が重要という話もあります。

「諸行無常」「驕る平家は久しからず」「万物は流転する」などの言葉があるように、栄華を極めた英雄も老い、死んで力を失います。べき乗則の上位も下位も不変ではなく、移り変わります。これは古代からある陰陽論の思想のようです。

結論を出すのは難しいですが、別の視点が必要なのかもしれません。その一つは「思いやり」なのかもしれません。

参考文献

ブラック・スワン(上・下) ダイヤモンド社

https://about.yahoo.co.jp/info/blog/20160412/bigdata-report.html

世界は「べき乗則」で動く 早川書房

偶然の科学 早川書房

https://hbr.org/2022/01/we-need-to-let-go-of-the-bell-curve

KAMUYAI編集部http://kamuyai.com
本質を突いた、長く読まれる記事を目指します。

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